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zoom RSS 遠野出身者の東京見聞124:自民党の薄っぺらで危険な96条改正論に見る安倍政権の反動性(改題、修正)

<<   作成日時 : 2013/05/13 19:08   >>

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 迷走民主党政権のあとに誕生した“期待”の安倍政権は、高い世論支持を保っている。安定政権はよいことである。しかし、北朝鮮、及び共産中国の威嚇に、同志であるべき韓国まで何を思い違いしているのか対立関係を煽ってくる最近の極東国際関係の緊迫を背景に、または此れ幸いと追い風にして、安倍政権が超保守ともいえる強気に過ぎる改憲姿勢を強めてきていることに、頼もしいと思う反面で危なさをも感ずる。
 最近の自民党主導の改憲運動や宣伝をよく吟味してみると、彼らの改憲論はまず第一に薄っぺらであること、つぎに第2に憂いべき危険を孕んでいることが分かる。以下にこの2点について詳論しよう。

 1.自民党の改憲論は薄っぺら!そして危ない改正論だ!

 彼らは言う。最近の極東国際の時勢をみれば、もはや平和憲法では国の尊厳と国防は守れないと。この点は小生も強く感ずる。
 「国際紛争の解決手段として国権の発動たる戦争と武力行使の2つの国権を永久に放棄する」(第9条)の基にして、われら国民の安全と生存の保持を“平和を愛する諸国民の公正と信義”に期待し、これに寄りかかる国是は、昨今の緊張の高まる極東の中にあってはとてもとても頼りないと痛感させる。今日の極東及び中東の国際紛争の現状を知ればず、平和憲法前文および9条が時代にそぐわない、とてもとても頼りのない条文であることは明白である(拙ブログ;「遠野出身者の東京見聞58:平和憲法と軍隊、平和憲法の誤り」も参照)。
 戦後の国政担当の主流と自負する自民党は、9条改正に執念を燃やしてきたが両議院のおのおので3分2以上の賛成を得られないと憲法改正の発議が出来ないという現憲法96条発議条項の壁を突破することが出来ないので9条改正が果たせなかった。かれらはそこで戦術を変えて、この高い壁である96条を先ず先行改正しようと企み、一部新聞等を使い、「96条改正」のキャンペンを興してきている。此れは手続きの変更に過ぎないのだと、薄っぺらな俗受けのする議論を展開していている。彼らは国民に訴える理屈として、主に次の3点を強調する。

 第1点. 現憲法の改憲発議要件が厳しすぎる

   @ 国会の議員の3分の1を超える議員が反対したら、国会で改憲の議論(私注;発議のことだろう?)が出来     ない。古屋圭司(自民党)「96条改正を目指す議連」代表)の言;産経新聞25年5月4日朝刊
     中曽根康弘元総理大臣も同じ趣旨のことをこの議連の大会に寄せたテレビ映像で述べていたのをたまた      ま今夜のNHK放映で見た(H25・5・13日)。
          
   A 96条があるため、日本国憲法はスペイン国憲法と並んで世界でもっとも改正が難しい。
                 高村正彦自民党現副総裁;毎日新聞H25・5・3朝刊
   B 3分の2以上というのは現実的でないのは、間違いがない。過半数以上にハードルを下げるのが当然で      あろう。        新保祐司都留大学教授;産経新聞H25・5・6朝刊

   本当に96条の改憲発議条項が世界にまれなると喧伝されるほどに厳しく、高いのか?
    答えはNOだ! 他国の憲法に目を通してご覧らん。

    1.民主主義の総本山アメリカ合衆国憲法: 上下両院の3分2が必要と認めたときには、憲法の修正を発議
     する。全州の4分の3の州議会または4分の3の州憲法議会が承認したときに憲法修正が効力を発する。
    2.共和国制の元祖フランス国憲法:: 憲法改正の政府提案は、憲法改正会議として招集された国会で、
     表明された票の5分の3の多数を得なければ承認されない。
    3.つぎにロシアと韓国の改憲条項を見てみよう。
      ロシア連邦国憲法:: 連邦会議構成員および国家会議(国会に当たるもの)の5分の3によって改正案が     支持されて、此れを憲法会議に付し、憲法会議構成員総数の3分の2以上の賛成投票で採択されて、初め     て新憲法案が起草される運びになる。その改定案は、ロシア連邦の構成主体の3分の2以上の立法権力     機関によって承認された後、効力を発する。
      お隣の大韓民国憲法: 憲法改正の発議は、国会在職議員の過半数による発議または大統領発議によ       り、提案される。改正案の国会議決は、在籍議員の3分2以上の賛成を得なければならない。

 補修部分(H25・5・29)
    4.最後に、戦前の日本の基本法である「大日本帝国憲法」の改憲条項を見よう。
      第7章補則:第73条に次のように規定されている!!
      
       「将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会に議に付すへし。
       此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非されば議事を開くを得す(得ず)。        出席議員三分の二以上の多数を得るに非されば改正の議決を為すことを得す(得ず)。」
      
      日本の政治家及び評論家と自称する連中の勉強不足には呆れる。元総理大臣までが薄っぺら論議を為       すのを知ると、呆れるどころか寂しくなってしまう。
 (中曽根氏を始め、賢明なる自民党の保守派議員たちも現憲法の改憲発議要件の「三分の二以上」が国際的に見て決して非常識でないことは十分に分かっているはずであろう。それなのに発議要件が厳しすぎると声高に主張する、彼らの進める96条改正論の裏に、「三分の二以上の賛成」が壁になっていると言うべきところをわざと「三分の一以上」の反対と表現を言い換えて、過半数を割る“少数反対意見”が障害になっていて改憲がこれまで出来なかったのだという印象を国民に与えようとする、社会心理学でいうところの「印象管理」または「印象操作」の下心を私は強く感じ取るのである。) 

 諸国の憲法改正発議条項はハードルが高い。それが世界の常識なのである。かの専制的なプーチン大統領だって大統領量任期任期規定を自分の都合のいいように改正することを諦めたではないか。かく見れば、自民党の96条改正の理屈が世界の非常識となる屁理屈であること、或いは法学的基本知識のない暴論か、それとも上記のような諸外国憲法の改憲条項を知っておりながら(多分、国政を担う責任政党の自負強い良選諸氏のことだから周知だろう)、これを国民に隠蔽して世論を誘導せんとする意識的な理屈つまり悪しき陰謀かと疑われる。
 単純過半数で改憲できるとなれば、日本国憲法は世界的にみても「異例な憲法」というあまり名誉でないラベルを貼られることになろう。ああ、恥ずかしい、恥ずかしいこと。

 第2点. 戦後成立した憲法で、日本は一度も改正していない(沖縄タイムズH25・5・3朝刊)
      
   産経新聞は、まるで自民党機関誌かと思うような96条改正論を後押しする記事を載せている。5月4日の紙面に、「日本国憲法は“世界最古”−諸外国は柔軟に改正」の見出しの記事を載せる。この記事のなかで、西修なる駒沢大学名誉教授の次の言葉、「日本憲法は、世界の成文憲法を所有する188カ国で古い方から数えて14番目で、改正されていない成文憲法の中では“世界最古の法典”となっている。」を紹介している(産経新聞H25・5・4朝刊)。

 改正されていないからと、ここでも国民を惑わすような底の見える詭弁を弄している。改正されないのがどうして悪いのか、どうして拙いのか、その論拠の希薄な論理の飛躍がある。改正が一度もないから改正しようなどとは、耐震構造のしっかりした家なのに隣近所が改造・修理をしているから、家でもやらねばとか、父ちゃんやってよとせがむ愚妻やガキの論理である。笑わせるロジックだ!
 60年以上も経つのになぜ日本国民が改正を望まなかったのかということに対する深い真摯な考察が足りないのではないのか。単に左翼思想の残滓だとか、日教組による偏向教育のせいだとか、自虐史観のためだとかと改正に対する抵抗を、わが国の近現代歴史に対する深い洞察の見られない薄っぺら論を持ち出して、改憲への根強い抵抗感を難じている。
 改憲抵抗の裏にある国民、とくに戦中・戦後の辛酸な苦労を舐め、耐えながらもこれにめげずに戦後日本の復興に人生を尽くして頑張ってきた大多数の国民感情を疎外した、屁理屈を並べ立てて改憲を進めようとして、トリックを使う弁舌である。96条が改正されて、国の基本法が一般の法律のように単純過半数で変えられることになれば立憲主義の民主国家がどうなるのか、その行き先を深く鋭く考慮・洞察すると危惧感を禁じえない。
 衆参両院で過半数を占めたら、基本法である憲法が時の勢いと政権政党の思惑でいとも簡単にコロコロと変えられる。先の民主党政権の例を思い出そう。仮に、菅直人元首相の様な輩が両院過半数議員数をバックにし、乗せられた国民の過半数以上の高い世論支持に気を強くして、国政が暴走することになったら、どういう事態になると思うか。 96条は現行通りで、改定の必要はない!改正したら恐ろしいことになる!

 堂々と国軍を持つのはそれなりに普遍的な国家基本法であろう。国民の十分な納得の元にそうするのには小生も反対はしない。ただ、96条を変えてしまうと、始めの頃は兵役の志願制、つぎには義務制と憲法が改正されてゆき、終いには18歳の春が泣きを見、ガール・フレンドが泣き出してしまうといういつか来たあの道を歩かされることになるかもしれない。ああ、危ない、ああ恐ろしい。
 安倍首相は憲法改正の国民投票における有権者資格を18歳に引き下げる案を念頭に置いている。若者たちよ、安倍政権の威勢のよさに惑わされることがなく、彼の格好の良さに幻惑されることなく、彼らの改憲政策の動きを危機意識を以ってをしっかりと見守リ、監視して行く必要がある。

 第3点. 現憲法は占領軍に押し付けられたもの

 その面は全面的には否めない。或いは圧力があったのかもしれないが、選挙で選んだ代表が是とした憲法でもあったことを忘れてはいけない。つまり当時の国民が、戦争犠牲者とも言うべき国民が女性も参加して、選んだ代表者が国民の声を反映して成立させた新憲法だったのである。これを「押し付けられた憲法」などとわめきたてる改憲論者こそが自虐史観に毒されているのだ。

  彼らがあげる改憲理由の、以上の3点の論法は薄っぺら、または勉強不足の論、または詭弁を弄した論ともいえる。しかし、第2点の説明のところで触れたように、きわめて危険な要素をうちに孕んだ危ない論でもある。

 (彼らの立場を擁護するものではないが、彼らの改憲論にはパラドックスとも言える、あるいは希望ともいえる政治的な帰結の可能性が考えられる。)

 1、発議要件の引き下げで、そのときの時勢や国民意識の変化による憲法の改悪もあるが、一方よい方向への改改正・改修も比較的容易に出来る可能性もある。過ちを修正させる道が用意されることになる。単純過半数を以って悪政を容易に正す道があることになる(但し、自由な選挙制度が保障されている限りのこと)。
 2、仮に発議要件の壁が低くなり兵役の志願制から兵役義務制、つまり徴兵制なんてところまで事態が進むことせいになれば、豊かさと泰平の世に慣れ切っている若者たちや新世代の親たちから猛反対が起こり、政権は持たなくなる、潰れることになろう(兵頭二十八氏の指摘;「新潮45」H25年5月号の「本気で変えたい人は一人もいない」参照)。

 結語: 平和憲法である9条の改正と発議条項である96条の改正は、まったく別立ての憲法問題である。賛成派、反対派、自論未決派の3者が現行9条の是非について、共通の土俵において正面から真剣に取り組んで、広くて深い熱論を尽くすことが9条改正に向かう第1歩である。これを等閑にして姑息にも、96条先行改正の政策論に走ることは、小林節慶応大教授が指摘するように「裏口入学」の発想であるといえる(朝日新聞H25・5・4朝刊)。裏口入学をせずに正規通りに(つまり、現行96条に即して)堂々と受験して、3分の2以上の票得点を獲得して合格するのなら目出度し目出度し、残念にも不合格なら再挑戦を期すればよいのだ。


  結語の大修正(平成26年7月12日)
 しかし共産党独裁のトップ、習近平主席の露骨な覇権主義的で前近代的な横柄なやリ口、および日米韓が「しっかりと連携すべきなのに中国と連携して反日キャンペンを繰り広げている現朴韓国大統領の有り様をを見ると、「諸国民の平和を愛する心と信義」に自国の平和と安全を託すとういうような愚かしい平和憲法は手続き論などを論じて手間取っている時ではないと痛感する。諸国民の中には平和志で誠意と信義に厚い人々がいることは、中国も含めて居るのは認める。しかし彼らの意向が国家の対外政策に反映さるることはきわめてむずかしいと言うのが長い歴史が教えている世界政治の真実なのである。
 憲法改正の上に武力行使を堂々とできる自衛権にするのが筋だという正論を待ってなんてかはしておられない今の極東アジアの事態、現実を踏まえた国家防衛策を立てることが為政者の取り込むべき喫緊課題なのである。正論に従って国民投票で憲法改正を問うたとしたら、「平和、平和」と叫べば平和が保てるト思い違いをしている国民が未だかなり存在している昨今のわが国ではおそらく過半数もの得票が難しと思う。しかし、レッドチャイナが尖閣諸島領海を頻繁にずうずく侵犯し、北朝鮮は拉致被害者問題で歩み寄りのポーズをとりながらも日本海に予告もなくぼんぼんジャボンジャボンとミサイルを打ち込んできている現状では、緊急対処策として憲法解釈でまず緊急に対応をしておくことが求められる。小林教授の指摘はもっともなことではあるが、「裏口入学」と揶揄されことに惑わされず、今の安倍政権のやり方を支持するのがわが大和民族の恒久なる安寧を確保する道であると考える次第である。

 追補(H25・6・15): 
 自民党の憲法改正案を見ると、現憲法にはない国旗・国家の規定が盛り込まれている。
 第3条に曰く、「国旗は日章旗とし、第3条「国家は君が代とする。日本国民は国旗及び国家を尊重しなければならない。」と。特に問題になるのは第2項の国旗と国家を“尊重しなければならない”である。これは個人の感情に国家権力が踏み込むことを白々と謳っていることだ。裏に愛国心の押し売り、押し付けが見えてくる。教育改革と称して、愛国心の強制が次の日程になることだろう。
 尊重とか愛国心とかは基本的には個人の感情の事柄である。罰則をちらつかせて起こせるものでもなく、起こさせる類の事柄ではないのである。国旗や国家への敬愛とか愛国感情とかは、例えば国際試合で日本チームや日本選手が勝利したとかまたは日本が科学技術面や経済面で世界的な業績を出したとか、あるいは日本に暮らして本当にありがたいという気持ちが湧き上がってくる日々の体験が積み重なるとか、そしてこれが肝要なことであるが、国家や政府が自分たちのことを本気で気にかけて努力しているという真摯な姿勢とそれを100%とは言わないが実感させる政治的実績を示すことで始めて、国民多数の心のなかに芽生え育つものである。上記のような息の長い地道なやり方を続けていれば、国家存亡の危機に際して命を賭けても美しき国土と国家、国民、民族を守ろうとする熱烈な愛国心や国旗国家への強い敬慕の情が国民の多くの人々の内面に生まれてくるに違いない。
 地道なやり方を省略して性急に、「ねばならぬ」と法律で心情を義務付けようと図るとは、しかも安易に国家の最高基本法に盛ろうとするなどとは専制政権の為す反動政治である。安倍新政権が日本経済立て直しに張り切るのは頼もしく歓迎したいが、張り切りすぎて改憲でこうスケールアウトする動きを見せられると強い不安を覚えて危ない。危なくて冷や汗が出てくる。トルコのエルドアン首相の強圧的な政治はご免である。
 (安倍政権が出した憲法改正案のこの第3条の「日本国民は国旗及び国家を“尊重しなければならない”」の文言を目にして、大日本帝国憲法(明治憲法)の第3条にあった、あの身震いする「天皇は“神聖にして侵すべからず”」の文言をついつい思い出してしまう。アベ政権はアブナイ反動政権である!彼は語呂合わせが好きなのであろうか?) 

   

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